第4章 新しいPTA運動の発展を目指して
第4章 新しいPTA運動の発展を目指して

第1節 学社融合を目指して

(1)理念の変更あるいは深化を

PTA はこれまで、子供の健全な育成に関心のある親や教師や地域の人々が対等の立場で参加する成人の団体、社会教育団体として考えられ、位置づけられてきたが、現実には、自分の子供を通学させている親とその学校の教員のみで構成する団体として定着してしまった。
しかも会員は、PTA活動に賛同するか否かにかかわらず、子供がその学校に在学する期間のみ、自動的に加入することになっている。

したがって、自由な意思で集う対等な社会人としての団体組織ではなく、子供の保護者と児童生徒の教師と言う立場での参加とならざるを得ないものになっている。
そうした組織編成原理からは、活動も当然に、特定の学校を舞台にした、学校の教育活動と密接に関係したものが中心にならざるを得ないことになる。

その意味でPTAは、当初意図された一般的な社会教育団体とはやや性格の異なる団体であり、主として個々の学校での教育活動に直接かかわる活動を中心的に進める団体とならざるを得ない状況になっている。

改めて、当初意図された社会教育団体として運営されるべく、現行の組織の基本を変え、会員の意識を変えていくことを追求することも一つの方途とはなるであろうが、どうも現実的ではなさそうである。
だとすれば、現実をもとに、PTA組織の運営の基本的な在り方を修正していくほかはないのではないか。

単なる社会教育団体ではなく、それぞれの学校を基盤に子供と子供の教育を、親という立場で、またその学校の教員という立場で、学び活動する団体たらざるを得ない。
学校教育活動を支援することを中核にし、そのこととの関連において必要になる社会的な活動を積極的に展開する団体というように考えていったらどうであろうか。

(2)学校への理解・協力・参画を

また、PTA運動が、子供の健全育成という究極の目的を達成するためには、単なる学習団体でとまることはできない。
学習活動は当然不可欠であるが、その学習成果を生かして、子供達が必要としている環境の整備など子供の健全育成にとって必要なことを目に見える形で行うことが重要である。 PTA は学習団体であるとともに実践団体でなければ意味がない。
親と教員とからなる団体であるPTAという立場での特徴的で必然的な活動が必ずあるはずである。

PTA は真の意味で学校の支援団体でなければならない。
その際の基本は、親と学校の相互理解、協力、連携ということであろう。
家庭と学校との連携という場合、最も基盤となるのが親と教員との相互の理解、共感の涵養である。
日頃からよくコミュニケーションを図ることが基本だ。

学校側にとっては、家庭での教育の考え方、実態を理解して学校での指導に生かすことが大切であり、保護者にとっては、自らの考え、要望を学校に伝えるとともに、学校側の指導方針を理解し、それに協力するということになろう。

個々の会員が子供の前で不用意に学校や教員批判をしているままでは、PTAとしていくら立派な事業を行っても、本当の連携にはならない。 そうした共通の土台にたって、はじめて子供にとって有用な活動を発見し、実践していくことができるようになる。

連携の方法には、学校の要請に応える場合もあろうし、自ら申し出て学校を支える活動をすることもあろう。
時として、実際の学校の運営について親の立場からの意見を集約し、改善を要望することもあるかもしれない。

本来学校は学校だけですべて学校の役割を果たすことは難しい。
父母や地域社会の支えがあって初めて効果的な教育が成り立つものであろう。

これからのPTAは、積極的に学校の活動に、PTAとしての立場で適正に支援・参加していくことが必要になっている。
現在すでに、学校への父母による参加形態の一つとして、中教審の答申を受けて、学校評議員の制度が導入されようとする段階にある。
こうしたことも踏まえ、PTA運動の新たな理念の構築が求められている。

(3)学社融合を進める団体として

そうであるなら、PTAは単なる社会教育団体という位置づけではなく、学校教育を支える活動と社会教育活動を行うという、まさに「学社融合を目指す団体」というにふさわしい性格を持つものではないか。
そう位置づけることによって、PTAの現実の役割、社会からの期待に最もよく答えうることになるのではないか。

こうした考えは、PTAに対し、現実に可能で価値のある活動展開をもたらすことになると思われる。
行政的にも、社会教育担当課ばかりでなく、学校教育担当課からの助言や支援が欠かせないことにもなる。
そうした新たな活動の芽生えはすでに至るところでみられるようになっている。

このページのトップへ