【第5節 日本PTA全国協議会の新たな活動の展開】教育改革への積極的発言
3. 教育改革への積極的発言
教育問題解決の困難さの深まりのなかで、政府全体での抜本的な改革のための検討が必要との判断から、昭和59年(1984)に臨時教育審議会が発足した。
臨教審は国民全体に教育改革の必要性を認識させるとともに、教育改革の議論を巻き起こしていった。 ちょうどこの時、上述のように組織としての体制が整いつつあった日本PTA全国協議会では、組織を挙げて、積極的にPTAの立場で今日の教育改革のあり方を模索し、社会的にアピールしようとしていた。
昭和58年(1983)3月には、日本PTA全国協議会は、中学校における校内暴力等非行について、非常事態を宣言するとともに、
- 学校では校長を中心とした一致した指導体制の確立
- 校内暴力等の事実の速やかな父母への公開
- 全教員とPTAの父母役員等との速やかな話し合い
- 行政機関の窓口一本化と迅速な借置を取ること、
などを関係機関に対して要請している。
(1)臨教審でのアピール
昭和60年(1985)2月には、臨教審に対して、「教育改革に関する提案等について」として日本PTA 全国協議会の考えを述べた。
その中で、
- 21 世紀を展望する教育については、学歴社会の是正、国際化・情報化への対応、教育内容の弾力化を
- 学校教育については、ボランティア教育の教育課程上の位置づけを、試補制度の導入を、中学・高校の連続性のある教育制度の導入、入試制度の改善を
- 国旗・国歌の正しい認識を
- 社会教育については、家庭教育の充実、青少年健全育成のための俗悪番組や出版物の法的規制を図るべき、
などとする提案が行われた。
昭和61年(1986)2月、臨教審へ「教師の資質向上に関する提言」を提出した。
- 教員養成におけるボランティア活動の必修教科化を
- 新規採用後1年の研修義務化による教育実習の廃止など見直しを
- 採用後5年目研修の義務化を
- 社会人の教科・部活での活用と期限付き免許状の交付を図るべき、
などとする提言を行った。
昭和61年(1986)11月には、臨教審に第3次提言「学歴社会の是正」を提出した。 内容は、
- 自己教育の努力を正当に評価する方策
- 子供に正しい職業観を育てる方策
- 勤労体験学習・自然とのふれあい教育の実施
- 各教育機関の門戸開放の方策
- 教師の社会への派遣・社会人からの教師への登用
- 大学開放での単位認定
- 官公庁の職員採用における特定大学からの採用比率の制限、
を提言するものであった。
昭和62年(1987)2月、臨教審からのヒアリングの求めに応じて、「入学時期について」意見を述べた。
内容は、入学時期を9月に変更するのは、教職に熱意を有する教員の採用が困難になること、親の転職時期と学校の始業時期は一致している方が望ましいなどといったことから、社会構造の変革なくしては不可能との意見を表明するものであった。
このように、教育改革の議論に際して、日本PTA全国協議会は積極的にPTAに組織される親の意見を集約して、発言していった。
(2)学歴・塾問題での調査
また、教育課題に対して親がどのように考えているかについても、アンケート調査を行い、親としての意見の集約、改善方策についての検討なども行ってきている。
昭和61年(1986)に行った「学習社会の弊害の是正に関する調査(文部省委託調査)」では、
- 日本は学歴が低いと高い地位についたり、収入を得たりすることができない社会であると 思う人が5割、思わない人が2割と、学歴が社会的な活動に大きな影響を持つと考える 親が多いこと。
- 子供には高学歴を望む親が9割にも達すること。
- 学歴偏重の弊害を訂正するためにPTAが行うべき取り組みとしては、親の意識改革、 子供の正しい職業観の育成、親と教師の連携を図ることが必要と考える親の多いこと、
などが明らかにされた。
昭和62年(1987)には、文部省から助成を受け「学習塾に関する調査」を行うとともに、この結果をもとに、9月に「学習塾を考える全国PTAの集い」を開催した。
さらにこの時期、大きな問題になりつつあった不登校についても深刻な問題として捉え、 昭和63年(1988)7月に、日本PTA全国協議会内に「学校生活(登校拒否)に関する調査研究委員会」を設置し、登校拒否の実態・意識などについての調査をもとに検討を行った。