
TOPページ > 日本PTA50年の歩みと今後の展望 > 第4章 第2節 3
教育問題解決の困難さの深まりのなかで、政府全体での抜本的な改革のための検討が必要との判断から、昭和59年(1984)に臨時教育審議会が発足した。
臨教審は国民全体に教育改革の必要性を認識させるとともに、教育改革の議論を巻き起こしていった。
ちょうどこの時、上述のように組織としての体制が整いつつあった日本PTA全国協議会では、組織を挙げて、積極的にPTAの立場で今日の教育改革のあり方を模索し、社会的にアピールしようとしていた。
昭和58年(1983)3月には、日本PTA全国協議会は、中学校における校内暴力等非行について、非常事態を宣言するとともに、
などを関係機関に対して要請している。
昭和60年(1985)2月には、臨教審に対して、「教育改革に関する提案等について」として日本PTA全国協議会の考えを述べた。
その中で、
などとする提案が行われた。
昭和61年(1986)2月、臨教審へ「教師の資質向上に関する提言」を提出した。
などとする提言を行った。
昭和61年(1986)11月には、臨教審に第3次提言「学歴社会の是正」を提出した。
内容は、
を提言するものであった。
昭和62年(1987)2月、臨教審からのヒアリングの求めに応じて、「入学時期について」意見を述べた。
内容は、入学時期を9月に変更するのは、教職に熱意を有する教員の採用が困難になること、親の転職時期と学校の始業時期は一致している方が望ましいなどといったことから、社会構造の変革なくしては不可能との意見を表明するものであった。
このように、教育改革の議論に際して、日本PTA全国協議会は積極的にPTAに組織される親の意見を集約して、発言していった。
また、教育課題に対して親がどのように考えているかについても、アンケート調査を行い、親としての意見の集約、改善方策についての検討なども行ってきている。
昭和61年(1986)に行った「学習社会の弊害の是正に関する調査(文部省委託調査)」では、
などが明らかにされた。
昭和62年(1987)には、文部省から助成を受け「学習塾に関する調査」を行うとともに、この結果をもとに、9月に「学習塾を考える全国PTAの集い」を開催した。
さらにこの時期、大きな問題になりつつあった不登校についても深刻な問題として捉え、
昭和63年(1988)7月に、日本PTA全国協議会内に「学校生活(登校拒否)に関する調査研究委員会」を設置し、登校拒否の実態・意識などについての調査をもとに検討を行った。