
TOPページ > 日本PTA50年の歩みと今後の展望 > 第1章 第3節 4
初期においては、日本のPTA関係者が、お手本になったアメリカのPTAの実際を学ぶために渡米し、また、アメリカのPTA関係者は日本のPTA関係者に助言のために来日することが盛んであった。
昭和25年は、4月に文部省の視学官2人が米PTA視察のために渡米し、7月には米国全国PTA協議会長ジョーン・ヘイズ女史が我が国PTAの視察・指導のために来日している。
昭和26年9月には、大都市のPTA代表5名が米PTA視察のため渡米、昭和28年には我が国PTAの調査・助言を目的に、全米PTA会誌編集顧問ウィリアムズ女史、アイオワ州PTA協議会長ファットランド女史が来日している。
さらに、PTAの国際PTAの国際交流の絶好の機会となった第1回世界PTA会議(全10か国が参加)が昭和28年4月にマニラで開催されるに当たり、日本PTA全国協議会会長が参加している。
昭和31年には、協議会として初めて、米国へのPTA視察団を編成し、派遣を行った。
視察団は4月にPTAのアメリカ全国大会に出席し、5月にはアメリカの各地のPTAの活動状況を見て回っている。